2007年11月14日水曜日

江戸箪笥 林親方に依頼した明治時代の箪笥が大変身

林親方へ明治の箪笥の修理が依頼されていました。下段は壊れた状態で、米糊を使用していた時代の板は小さな虫に食い荒らされてダンボールのようになっていました。引き手の金具は今の技術にはない鍛冶屋の火造り仕事です。明治の箪笥に合う古色仕立てとなっています。

ちなみに、ネット上で見かけた某修理会社ではパーツ単位で見積もってあり、積算すると親方の修理価格の2.5倍ほど高くなりました。
これは法律上の問題は無いため、修理の依頼には注意が必要です。


修理前の箪笥の下段です。

親方の「修繕後の」箪笥です。

※ 箪笥の取手の金具は外れかけていた明治の物をそのまま修繕しています。

横から。

後ろから。

2007年11月3日土曜日

11/3 小田久山 Blade Show


久山刀匠のナイフのショーがあり会場へ出かけました。
ショーの中、久山氏は刀鍛冶に限らず、鍛冶職人が窮地に陥っている現状を訴え、本物の鍛冶職人を伸ばす策を考えなければと言った話をしていました。
懇親会の後、蘭の研究家である西村誠氏が是非にとのことで、刀の研ぎ師(無鑑査・最高位)阿部一紀氏と共に、歴史を刻んだ素晴らしいバーにて三人で楽しい二次会でも盛り上がって来ました。

☆ 久山ブランドのナイフが凄い事を知っていますか。アメリカでのことですが、グリーンカードを取得する時に米軍が推薦文を書いています。ラブレスが新しいメーカーに押され始めたとき、凄いナイフを発表し話題と成りました。その時のナイフを裏で作ったのが久山刀匠です。新聞や雑誌で“ラブレスの所の機械は油でなく酒を好む”と皮肉で書かれたものを見ました。又、半月は仕事をし半月はカナダで狩猟をしていました。世界で10番目となる600kgの熊を仕留めています。写真を見せてもらいましたが、それは若い時の久山氏とともに大きく写っていました。独立しても、勢いは変わることなくアメリカの新聞をにぎわす凄いナイフ職人でした。これを敗れる人は現在日本にはいません。今はほとんどナイフは作っていませんが、切り出しナイフを見た研ぎ師によれば、“現存する鍛冶の中では日本一”と思うほど素晴らしいと語っていました。

※ 日刀保や刀匠会などに全く参加しない異端の刀匠であります。

2007年11月2日金曜日

11/2、Production I.G 石川光久 社長 と 神山健治 監督

11/2、“Production I.G”の “神山健治監督”アニメ作品 アジアン・ハイファンタジー“精霊の守り人”の打ち上げでした。
第八話“刀鍛冶”への協力から招待を受けたものです。
左から 久山刀匠、神山健治監督(Kenji Kamiyama)石川光久社長(president Mitsuhisa Ishikawa)です。

“水の精霊”の話に因んで、異例の“池袋のサンシャイン水族館”での会となりました。協力内容は“作刀体験”などを経験したいと言うことで、小田久山刀匠にお願いしています。
テレビ番組“トリビアの泉”で日本刀の素晴らしさを見せる実験として刀にコルトガバメント45口径の弾を受け、結果、見事真っ二つにしたあの刀匠です。
現場では監督に体験して頂く事ができました。

そういった経緯で久山刀匠と本打ち上げに出席することとなりました。ちょっと、私達の世界とは異なる雰囲気でしたが楽しく過ごせました。

久山刀匠と神山健治監督と石川光久社長
打ち上げパーティー 会場 池袋サンシャイン 水族館にて

※ “ Production I.G ”は国内外に有名なアニメ制作プロダクションです。劇場用の映画でタランティーノ監督のたっての希望で“ KILLBILL ”のアニメーションのパートを製作したことでも有名です。

※ 神山監督は「 AKIRA 」「 魔女の宅急便 」「 JIN-ROH 」「 BLOOD THE LAST VAMPIRE 」などの作品を経て「 ミニパト 」で監督としてデビュー。
代表作として「 攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX 」「 攻殻機動隊S.A.C.2nd GIG 」で、最新作は STAND ALONE COMPLEX solid State Society です。

職人名工会は、キルビルの上映と合わせた時期に出演女優の栗山千明さんを交えて、刀に関する雑誌の取材を手伝っていました。

2007年11月1日木曜日

11/1 30年振りに、日本を代表するドラマー 海老沢一博氏と碓田氏

11/1 30年振りに、日本を代表するドラマー 海老沢一博氏と碓田氏
の待つ六本木に向かう。今日のステージは、懐かしい海老沢一博氏
(63才)のステージであり、奥様はジャズシンガーの伊藤君子さん
である。ちなみに海老沢氏は当時人気No.1のジャズオーケストラ
である、高橋達也と東京ユニオンのドラマーでした。

30数年前、立教大学のタッカーホールで学生のジャズ・オーケストラ
“ニュー・スウィンギン・ハード”に演奏をお願いし、各大学のビッグ
バンドを対象に、海老沢氏のドラムクリニックを企画したとき以来、
お会いしていない。 懐かしさで一杯でした。

碓田氏と話し合った内容は、“日本の技の活動”にとっても素晴らしい
ものですので、内容が固まったら何らかの形で載せようと思います。